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悲しむ君が好き

>>アニメの百合偏向レビュー中心。そしてネタバレ上等。
>>苦手な方はご注意を。

「彼女達の肖像」~シムーン・最終話

幼い頃からの夢を追い別の世界へと飛ぶことを望んだアーエルと、彼女を愛しその想いに応えてともに飛び立ったネヴィリル。
しかしこの最終話では、「翠玉のリ・マージョン」で飛び去った後の2人はまったく描かれない。序盤から終盤にかけてコール・テンペストにいた仲間たちそれぞれの数年後が描かれる中、前話から続く2人の逃走~旅立ちまでが回想として挿入されるのみ。ドミヌーラと過去の世界に飛び、そこで数年を過ごしたリモネが雲間にシムーンを見かけてはいるが、差し込む光で形状がぼかされ宮国式らしい以外は定かではなく、その後の「アーエル……」という呟きも確認した言葉なのか想起なのかも判断しがたい。ただその表情の穏やかさには現実味が欠けて見えるので、この部分はモリナスやアルティの感じた幻影・幻聴のように回想と現在とを結ぶための演出と私はとらえた。一方で、性別を選ばずに年を重ねたドミヌーラの身体に起こった変化からは「永遠の少女」として生き続けることの困難さもうかがえ、アーエルとネヴィリルの行く末が必ずしも明るいだけのものでないことも暗示される。
しかし、泉へ行き性別を選んだ元シヴュラたちを含め見送った側の人たち、作品世界での「今」を生き続ける人たちは、選択しないことにともなう負の部分があるのを知らない。物語の終わりまでに知りえたのはドミヌーラと泉の番人となったユンだけで、ともに「今」ではない世界に生きている。知らないがゆえに、選択し可能性を失った上に敗戦による不自由を背負いつつ生きる人々は、選ばないことを選び「希望の大地」を求めて脱出した2人に、自由で希望に満ちた「永遠の少女」という理想を見出す。ところがそれが一種の夢、空想と願望の産物であり、実際の2人の未来には「今」を生きる者とは違う苦悩が待っている可能性があることも、観ている側には知らされている。それゆえにラストでの2人のダンスシーンは単なる回想ではなく、「今」を生きる者たちが分かち合う過去の記憶から紡ぎだされた願望の姿、いつまでも変わらぬ「永遠の少女」の幻影を描いたものなのだろう。

では2人はその後どうなったのだろうか。
描かれていない以上「解釈の余地を残した結末」ととらえて様々に想像したり、その中から自分の納得するその後を見定めることもできるのだろう。しかし私は、あのダンスシーンを見た後からまったく想像できなくなってしまった。実際に想像できなくなっていたことを悟ったのは翌晩見直した時だったのだが。
過去世界にいるドミヌーラとリモネも含め、数年後が描かれた仲間たちは肉体的にも成長し、また当時とは別の苦悩や痛みを抱えて生きているからこそ確かな存在感を印象づけた。対照的に、回想にしか現れないアーエルとネヴィリルからはその後の不在だけが浮かびあがり、ラストで笑みをかわしながら踊る姿、成長せずあの頃のままの2人はこの上なく美しいだけに儚く映る。そしてそれが幻影であり、現実の2人ではないと否定する想いが私の頭の中から2人の未来、別の形で存在するかもしれない未来までも消し去ってしまったのだろう。ただ強烈な喪失感だけが残った。

私のように感じたかどうかは別として、2人のラストシーンになんらかの喪失を味わった視聴者は他にもいただろう。そしてその喪失感は作り手が物語の終わりで一番伝えたかったことなのだとも思う。
誰もが経験しているにもかかわらず、大人になってみると貴重に感じられ美しく思える少女(少年)時代。少女や少年という存在に価値を見出し憧憬を感じるのは、成長して大人になった者だけで、そこには必ずかつての自分を失ったという喪失感がつきまとう。もう戻れない、二度と経験することができないという想いが過去に価値を与え、痛みや悲しみをともなった記憶でさえも遠く離れれば懐かしく思えるようになる。
実際、元シビュラたちの少女時代も美しさや理想とはほど遠い日々だった。巫女でありながら戦うことを強いられ、その是非に思い悩み、幼く弱いゆえに互いに傷つけあい、仲間を失い、それでもプライドと信念をかけて戦い続けた末に、畏敬される立場を不本意な形で追われ、性別の選択を迫られて少女時代を失った、という挫折と屈辱の連続。しかしそれゆえに、彼女達を苦しめ続けた国内外の政治的思惑や宗教倫理に抗い、夢を追い求めて飛び去った2人を、己の少女時代の象徴、理想の姿として神聖化していったのだろう。そして成長した彼女・彼らはつらく悲しいことの多かった少女時代にその美しいイメージを重ね甘い郷愁を味わう。
ところが実に当たり前のことだが、視聴者は物語世界で少女時代を過ごしてはおらず、シビュラだったわけでもなく、少女だった自分を泉で失ったこともないし、仲間と生き別れ・死に別れする体験もしていない。物語内の人物でなかった代わりに何も失ってはいないのだ。そんな視聴者に対し作り手は、2人の未来の暗い可能性を示し、その後を描かないことで不在を描き、最後に美しい幻影を見せてから幕を閉じることで、物語の外にいる人間にふさわしい喪失の体験を用意した。それによってアーエルとネヴィリルの物語の終わりを強く印象づけ、2人の少女時代を輝かしいが遠い記憶として永遠に閉じ込めた。

信仰と戦争、ジェンダー、少女たちの愛憎、歴史とタイムパラドクスなど、この作品で描かれたテーマはいくつかあるが、それらはメインテーマを描き出すための要素に過ぎなかったように思う。
少女たちを主人公に成長過程やその時期特有の心の揺れなどを描いたアニメ作品は多々あれど、その後の喪失までも語ることで、失ったからこそよりいっそう輝いて見えたり、挫折や悲しみの記憶を郷愁をもって振りかえるという普遍的な人間心理を重ねて「少女時代」を描いた作品は珍しい。その点から考えると、この作品は少女期そのものではなく「少女時代の記憶」平たく言えば「青春の思い出」を描いていたのだろう。思い返してみれば、シムーンや飛行船など特有の科学技術に関わる器械の他は、作品内で見られる調度品などほとんどが我々にとっては過去を想起させる形をしている。また全編を通して流れるタンゴベースの音楽は郷愁そのものずばりを演出してもいる。それらはこの物語が過去、過ぎ去った時代の記憶であることを様々な形で示すものだったのだろう。

シムーン自体や信仰との関わりなどの興味深い設定、シヴュラたち他の新鮮で人間味あふれる人物造形、淡い色彩と繊細なタッチで異世界の広がりと存在感を支えた背景、タンゴを基調とした音楽の美しさとそれを活かした劇的な演出。この作品の美点は他にいくつでも挙げられるが、最終話において作品テーマをみごとに描ききり、そのテーマを強く印象づけたという1点だけで十分賞賛に値する。オリジナル脚本のアニメでは久々に出会えた良作であった。

とりあえず今の私は、この最終回をふまえて第1話からもう一度見直してみようと思っている。「永遠の少女」として記憶の中で凍りついてしまう前の2人の姿を、戦いの中で悩み苦しみ、それゆえ信じられるものを求めてもがいた末に最愛のパルと思い成就させ、可能性を信じ未知の世界へと飛び立つまでの、生身の少女としての2人を今一度見ておきたい。
見終わった頃にはこの喪失感が少しは薄れているよう願いつつ。
by E_t_F | 2006-09-29 22:01 | 日々思ふこと | Comments(0)



「悲しむ君が好き」―― 
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